「東京に行かなくても、世界は変えられるのか?」という問いから始まった
私は浜松で会社を立ち上げてからずっと、「東京に出ないと勝負にならない」という空気と向き合ってきました。周りの若い人たちからも、「地方にいて、世界レベルのビジネスなんて本当にできるんですか?」とよく聞かれます。気持ちはよく分かります。地方は情報も人も少ないように見えるし、派手なスタートアップのニュースはだいたい首都圏発。けれど一方で、浜松や遠州には、静かに世界とつながっているモノづくり企業や、実直に挑戦し続ける人たちがたくさんいる。私は30年、この「地方のポテンシャル」を信じて踏みとどまり、ITと教育、農業、ベトナムでの実装まで手を広げてきました。
浜松・ベトナムを往復しながら見つけた「地方発グローバル」のかたち
私たちは、東京のコピーをつくるつもりはありません。浜松の現場でDXやAIを実装し、ベトナムの土の上でカカオを育て、子どもたちにロボット教育を届ける。そんな生活と地続きのプロジェクトを、日本とベトナムのローカル同士で組み合わせていく。「テクノロジー × 教育 × 農業 × 国際展開」という今の事業構造は、机上の戦略会議から生まれたものではなく、地方の泥臭い試行錯誤から自然に立ち上がってきたものです。東京に本社がなくても、英語が母国語でなくても、現地に足を運び、一次情報で考え続ければ、地方からでもダイレクトに世界のプレイヤーと組める。その確信をくれたのが、この30年の積み重ねです。
流行りのバズワードより「現場で役に立つか」だけが最後に残る
創業した頃は、インターネット黎明期。そこからクラウド、スマホ、ソーシャル、AI、DX…と、新しい言葉は数えきれないほど登場しました。でも、あとで振り返ると、残っているのは「それで誰が楽になったのか」「地域や現場の何が変わったのか」という結果だけです。地方にいると、華やかなプレゼンよりも、明日の仕込みや現場の困りごとがいつも目の前にあります。だからこそ、小手先のトレンドではなく、本当に意味のある仕組みづくりに集中できる。これは、都会にはない贅沢かもしれません。私はこの環境を生かして、「小さく作って、数字で確かめて、現場に根づかせる」というやり方を徹底してきました。
次の30年を一緒に担う「地方発グローバル」の牽引者へ
いま私が考えているのは、ここから先の30年を誰とつくるか、ということです。求めているのは、私の考えをただ継ぐ人ではありません。「浜松やベトナムのローカルから世界を揺らす仕組みをつくる」という野心を自分の言葉で語れ、数字も現場も泥臭く握りにいける人です。事業のPLも、日越のチームも、農園も、教育も、これまで築いてきた基盤は遠慮なく使い倒してほしい。地方を「制約」ではなく「武器」として扱い、世界基準の実装に挑み続ける次世代のリーダーに、このバトンを渡したいと本気で思っています。


